青江舜二郎 生誕百年記念イベント
「青江舜二郎とその時代」現場レポート(1)




  


2005年7月9日(土)、東京・練馬区の日本大学芸術学部江古田校舎中講堂にて、青江舜二郎生誕百年記念イベント「青江舜二郎とその時代」が開催された。以下は、そのイベントのレポートである。


プロローグ 当日の仕込み〜開場まで

当日は演劇学科の戸田宗宏主任教授の肝煎りで、早朝から集結した学生スタッフたちが、黙々とドラマリーディング「崖」のセットを立て込んでいた。11:00に私(大嶋)が到着した時には、舞台監督を務める田端真実嬢らによって、平台と箱馬で組み立てられ、それに黒いベニアを打ちつけたセットがほぼ出来上がろうとしていた。前日まで別の公演にも関わり、疲れ切っているスタッフの皆さんには心から感謝。それと並行して照明のセッティングも着々と進行していた。12:00前には「崖」に出演する八幡トモアキさんと以倉いずみさんが到着、その少し後には新日本映画社のスタッフ数名も姿を見せ、いよいよイベントが近づいてきたことが実感された。

12:00を回り、会場の中の準備とともに、制作を仕切る酒井今日子嬢の指示で入口や受付回りのセッティングも進んでいく。当日パンフの折込み、ポスター張り、展示品の陳列等々…。しかし舞台回りは作業が追いつかないまま時間ばかりが過ぎていく。ビデオプロジェクターの設置や試写の段取りも出来ていないし、ビデオ撮影クルー(「実験室」の撮影を担当した三本木久城氏ほか1名)との打ち合わせもまだだ。間に合うのか、という不安が徐々に胸をよぎる。

 「崖」本番直前の八幡さんと以倉さん。軍服は当時の本物!


照明のオペレーション確認や音声のチェックなどに多少手間取り、「崖」のゲネプロ(最終稽古)が始まったのが13:40。予定では13:00開始だったから大幅な遅れだ。ゲネプロの途中で開場に現れた三本木さんには「撮影はもう、すべてお任せ」のひと言だけを伝える。そのくらい、こちらも余裕がなかったのだ。その後あわただしく、全体の司会を務める新日本映画社の村田悦子さんと簡単なトークの打ち合わせをして14:45にやっと開場。(ロビーで長々お待ちいただいた方々にはこの場を借りてお詫び申し上げます)。


第1部 ドラマリーディング「崖」

15:00、開演に先立つアナウンスが流れ、間もなく会場は完全暗転。それが明けると、リュックを背負った軍服姿の青年ともんぺ姿の娘が舞台に現われ、第1部のドラマリーディング「崖」がスタート。

 

戦後間もない東京。2人は食糧の買い出しの途中に駅で出会い、男は米や野菜を安く分けてくれるという顔見知りの農家へと知り合ったばかりの女を誘う。そして2人はその近くまでやって来て、切りたった崖の上でひと休みする。

  

娘 「ほんとに静かだわ。…誰も通りませんのね、ここは」
男 「ええ、誰も…通りません。あなたは、怖いですか?」



  

その直後男の態度は豹変し、いきなり女を押し倒すと襲いかかる。必死で抵抗する女。戦後、実際にこのような手口で女を山の中に誘い出し、10人以上を暴行して殺すという連続殺人犯が出没していた。この男こそ、その殺人鬼なのか?しかし、男は何故か途中で手をゆるめると、女の体から離れる。そして「僕はこれで満足だ」と謎の言葉をつぶやく。このあたりから、動きのある芝居が朗読に移行していく。



実は男は南方からの復員兵で、最近の日本女性が食糧の誘惑に負けそのような連続殺人犯の甘い罠にかかる現実に絶望し、本当に戦後の女はそこまで堕落腐敗したのか自分の身で確認してやろうと、模倣犯になってみたのだ。そして、その女の抵抗が、純潔と引き換えに命を捨てるほど切実でなかったことを身をもって知り、日本女性の貞節も地に堕ちたと女を責める。しかし戦争ですべてを失った彼女は生きる希望さえなくし、自分を殺してくれる誰かを探してさまよっている身の上だった。つまり彼女は、男が犯人であることを確信して、あえてついて来たのだ。互いの意外な境遇が次第に明らかになる中、女は男の存在によって生きていくかすかな希望の灯を感じるが、逆に男はいよいよ深い絶望感から発作的に崖から身を投げてしまう。

  

「あなたー!、あなたと出会えたから私、生きていく気持ちになりかけていたのに!」
半狂乱になった女もその後を追う。崖の上には2人のリュックだけが残る。さて、2人の運命は…。

という具合で、男が暴行を加えるまでの一連と、飛び降りてからの一連は普通の演劇で、あとのセリフの応酬は朗読という、一風変わった試みをしてみたのである。稽古の段階では、動きのある芝居から朗読への移行が、観ている側にすんなり受け入れられるかが一番の不安の種だったが、本番を舞台のそでから見る限り、自然な流れが作られており、心配するほどのことはなかったようだ。それにしても、わずか3日の稽古期間で、きちんと鑑賞に堪えるクオリティのものを作りあげてしまうとは、役者さんの集中力というのはつくづくすごいと思う。八幡さん、以倉さん、本当にお疲れさまでした(以下の写真は日大実習室での稽古風景)。

  

  


ちなみにこの物語の時代設定は敗戦翌年の昭和21年。執筆されたのもほぼ同時期と推定される。戦争中の8年間を中国大陸で過ごした青江の、日本復帰後第一作である。それだけに、敗戦ですっかり荒廃してしまった母国、とりわけ日本女性の変貌に対する作者の衝撃と困惑が素直に吐露された作品といえよう。なお、この作品を当イベントの演目に選んだのは、登場人物が2名(原作では3名)で時間も比較的短く、コンパクトにまとめられそうだというのももちろんあったが、それとともに、今年が敗戦60年という節目の年であるというのも大きい。

15:45、「崖」は無事終了。しかしほっとする間もなく、今度は「実験室」の上映とキャストトークである。司会の村田さんとともに舞台にあがり、観客の皆さんにごあいさつがてら、この企画の成り立ちを説明。その間に暗転幕の後ろで舞監の田端嬢がスクリーンを組み立てるという涙ぐましい段取り。

第2部 「実験室」一部上映とキャストトークへ→


TOPページへ